手打ち麺とは


名古屋流手打ちの工程を見ていただきましょう。
きしめんを例にして説明します。

1.水回し

小麦粉は予め篩(ふるい)にかけて、水がまわりやすい状態にしてやります。
こね鉢に小麦粉を入れ、軽くかきまわしてから、食塩水を注ぎます。
小麦粉は中力粉、角丸では志賀製粉の「かもめ」という粉を使います。
食塩水は夏場で18〜19度くらい、冬場で15度前後の間で塩度を調整します。

他地域に比べ塩度が高いのが名古屋手打の特徴です。
ひとつには高温多湿な名古屋の気候風土に合わせるため、
もうひとつは、きしめんという非常に薄い麺には、コシを強くないと均一に延びないという理由があります。
江戸時代から「土三寒六常五」という言葉があって、
「土用の暑い時期は塩1に水3、寒い時期には塩1に水6、常温では塩1に水5」という具合に
食塩水の濃度を教えているのですが、
空調や冷蔵庫の完備した現在ではちょっとこの数字はあてはまりません(塩が強すぎる)。
しかし、全国平均で見ると、もっともこの数字に近いのが名古屋の食塩濃度です。
茹でると釜に塩が落ちるので、麺に残留する塩分にはあまり神経質になる必要はないでしょう。
煮込み麺は生麺を土鍋に直接入れるので、食塩水を使わず真水で打ちます。

水回しのポイントは手早く粉に水を行き渡らせることです。
粉一粒一粒に水一滴一滴を混ぜ合わせるイメージで。
決して練ってはいけません。
粘らさずに、ぱらぱらに仕上げます。
地味な作業ですが、ここが一番肝心、味を決定するところです。
粉一キロに対して、食塩水450cc程度を合わせます。
食塩水を数回に分けて入れる方法もありますが、角丸では一気に加水します。
数回に分けて加水すると、最初に水を吸った粉と後で吸った粉とが、
どうしてもムラになるように感じられるからです。
角丸では加水する水の温度管理をしています。
特に煮込み麺を水回しするときは冷水を使うことが肝心です。
グルテンという小麦蛋白の発生を遅らせ、水回しが充分に行えるようになります。

2.くくり

粉っぽさが抜けて、しっとりしてきたらくくりの作業です。
くくりは二段階に分かれます。
両手で粉をこすり合わせて、細かく「より」を入れる段階、そして一つにまとめあげる段階です。
グルテンという小麦蛋白を充分引き出してやる作業です。
ここを手抜きするとコシが抜けた麺になります。
まとめあげるときは拳骨で強く押し固めます。

3.足ふみ

拳骨で押しかためた生地を、更に足ふみして強いコシを引き出します。
平たく伸びたら縦方向に巻き取って更に踏む。
次は横方向に巻き取って…と言う具合に、三回足ふみを繰り返します。
グルテンが網目状に行きわたります。
最後のほうでは弾力が強く、足が跳ね返されてしまいますが、
時間をかけて丁寧に踏んでやります。
三回踏み終わるのに30分くらいかかります。
踏み終わった麺体は乾燥しないようビニールにくるんで最低一時間ほど休ませてやります。
つま先、土踏まず、かかとを使い分け、きれいな形に踏んでいきます。

4.ちぎりだし

休ませた麺体を、一度の作業分に小分けします。
麺体は薄い層が幾重にも重なった状態になっていますので、
それをはがしてひと玉の分量に調整します。
薄くはがして、内側の空気の当たっていないところを外に持ってきます。
空気をしっかり抜いてやることも肝心です。
はがした麺体を重ねて押さえつけ、端から内側に練りこんで鏡餅状に丸めます。
小分けして丸めた麺体を「はま」と呼びます。
はまに仕上げたらまた一時間休ませます。

5.本丸け

右手の親指ではまの端を内側に練りこむようにしながら、左手で転がして、きれいな丸い形に仕上げます。
中央にへそ状に、親指で押さえこんだあとが残ります。
このへそが中央部にきちんとないと、形がいびつになったり、薄く延ばしたとき中央部が破れたりします。
手打工程中、最も難易度の高い作業です。
本丸けが終わったら、乾燥しないように寝かしがめに入れるか、
ビニールで密閉して温度変化の激しくない場所で一晩寝かします。

煮込み麺は塩が入っていないので、寝かせず次の工程に移ります。

6.はまふみ

一晩寝かしたはまを重ねて、足でふんで薄く延ばします。
時々積み替えて均等な大きさ(薄さ)になるように足ふみします。
踏み終えたら30分ほど休ませます。
煮込み麺は塩が入っていないので、休ませず次の工程に移ります。

7.のし

ここからが所謂「手打」としてイメージされるところです。
名古屋では直径1センチほどの細い麺棒を使います。
コシのつよいはまを、薄く延ばすため、細いほうが力が伝わりやすく効率がいいからです。
手前から巻き取って、体重をのせて前へ転がしてやります。
巻き取った内側が延びていきます。
四方向から巻きとることで、はまは四角くなります。
さらにきしめんの場合、縦方向2回、横方向2回、合計8回巻き延ばしを繰り返します。
均一な厚さに延ばしていくことが肝心です。四角く延ばすのはロスを少なくするためです。

8.たたみ

上段ほど幅が狭くなるように屏風状にたたみます。

9.包丁

こま板に包丁を当てて切っていきます。
包丁を垂直に下ろすことが肝心です。

10.完成

以上で完成です。
のし台に移してからの、所謂「手打」作業(上の7〜9)は、実際には麺作りのごく一部です。
実際7〜9までは、およそ7〜8分で終わります。
肝心なのは水回しなどの鉢の作業と、足ふみ。
手を抜くと確実に完成品にあらわれます。

機械製麺は、さまざまなメーカーがあって、特色もいろいろです。
身近ではO社製の麺機がシェア一番のように思いますが、
私の意見としては、O社製はいい麺が作れないと思います。
ローラーで延ばしていって、最後に溝つきローラーを通すと麺になる仕組みですが、
一番の問題は、かなり加水を押さえないとローラーにくっついてしまうことです。
麺にとっての最適な加水はあの機械では不可能です。
角丸はK社製の麺機を使います。
うどん・きしめん・蕎麦は完全手打ですが、
煮込み麺は量がさばけないので、切るところだけ麺機を使用しています。
K社製は包丁切りなので、手で切るのと遜色ないものができます。
もちろん加水を減らす必要もありません。
こういう機械が広まれば、もう少し麺類店もレヴェルアップすると思うのですが…。
ただし、どんな機械を使う場合でも、手打技術をマスターしたものが
製麺しなければだめだと思います。

名古屋の麺の技術は利にかなっていて、全国でももっとも優れていると思います。
他地域の有名麺どころの製麺を勉強しても、名古屋ほどはまを大事にするところはありません。
日本一のはまであり、日本一の麺を作る技術があると思います。
しかし、悲しいかな、手打を実際に行う店は数えるほどしかありません。
ほとんどのうどん屋さんは、プロでありながら、麺棒と包丁では麺をこさえることができません。
せっかくのこの技術を後世に残すことを命題に、名古屋手打研究会は発足しました。
私もその一員として、末席に名を連ね、
愛知県手打技術コンテスト優勝者として、手打の良さを皆様にお分かりいただけますよう、
これまでもこれからも活動して参りたいと思います。



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